株券電子化への移行措置で、一足早く年内の受け渡し最終日を迎えた24日の株式市場。振り返ると、昨年末の日経平均株価は1万5000円台。年初来の下落率は44%に達した。「危機」という言葉に不感症になってしまうほど散々な1年だったが、足元でもトヨタ自動車の今期の営業赤字転落をはじめ、来年の相場への懸念材料は掃いて捨てるほどある。先行きが見えない暗い今だからこそ、読者の気持ちが晴れるようなクリスマス・プレゼントを1つ――。
「米ニューヨークに最近日本株を猛烈に買い始めた伝説のファンドマネジャーがいる」。ある市場関係者からそんな話を聞いたのは11月のことだった。
調べてみると、その伝説のファンドマネジャーとはジャン・マリー・エベヤール氏(68)。米国在住が長いフランス人で、米国の公募投資信託である「ファースト・イーグル・グローバル・ファンド」を運用している。
米国では個人投資家にも幅広く知られた運用者というが、なぜ彼が「伝説」なのかを理解するためにも、少し長くなるが同氏の運用歴を振り返ってみよう。
同氏はフランスの大学を卒業後、仏大手銀行のソシエテ・ジェネラルに入社。6年目で同行の米国拠点に転勤。17年目の1979年に同行のグローバル株式ファンドである「ソジェン・インターナショナル・ファンド」の運用を任された。
これが後に名前を変えてファースト・イーグル・ファンドになるわけだから、同氏のトラックレコードは今年でちょうど30年になる。
さすがに今年は世界同時株安の影響で、9月末時点で同ファンドの運用成績は年初来で11.7%のマイナス。けれど、79年の運用開始以来、90年と98年を除けば年間パフォーマンスはすべてプラス。
90年と98年も下落率はそれぞれ1.30%と0.26%にすぎない。つまり「30年間ほぼ負けなし」という実績が「伝説」と呼ばれる由縁だ。
ちなみに79年の運用開始時に同ファンドに1万ドルを投資していれば、今年9月末時点では60万4113ドルになっているという。
同氏に近い関係者によると、運用スタイルは「筋金入りのバリュー(割安株)投資」。
企業の「本源的価値(イントリンシック・バリュー)」と比較して時価が大幅に割安な株を買い、値上がりをじっくり待つスタイルだ。
投資期間は基本的に5年以上と長く、マクロ経済指標の見通しはあまり参考にせず、個別企業の徹底的な分析のみを頼りにしているという。
実はエベヤール氏は10月に来日し、自らの投資スタイルなどについて都内で講演した。
ある出席者によると、同氏は「バリュー投資を志す人は群衆との決別が必要」「バリュー投資は非常に理にかなった投資手法だが、精神的な苦しみを伴うこともあるために世界でも少数派だ」などと説明した。
その言葉は、ITバブル期のエベヤール氏の体験に基づいている。
90年代末、バリュー投資の鉄則を忠実に守り、エベヤール氏は当時根拠もなく熱狂的な値上がりを見せたTMT(テクノロジー、メディア、テレコム)株への投資を見送った。
運用成績はベンチマークを一時的に下回ったため、社内からはTMT株に投資するよう強い圧力がかかった。
しかし、「顧客の半分を失う方が、顧客のお金の半分を失うよりましだ」と断固拒否。ファンドの7割の投資家が解約してしまったという。
頑固ぶりにあきれ果て、ソシエテ・ジェネラルは99年に子会社形式だった同氏の運用チームと「ファースト・イーグル・ファンド」を売りに出してしまう。
なかなか買い手が付かなかったものの、2001年に同氏のファンドを安値で買収したのが、約200年前にユダヤ系ドイツ人一族によって創業され、ナチスの迫害を逃れて1937年にニューヨークに本拠を移した米有力運用会社のARNHOLD&S.BLEICHROEDERだった。
結果としてARNHOLD社は貴重な宝物を拾ったことになる。ITバブル崩壊直後からエベヤール氏は驚異的なパフォーマンスをたたき出して一躍スターとなり、「ファースト・イーグル」は同社のドル箱ファンドに成長したからだ。
ちなみに、ARNHOLD社をアルファベット表記にしたのには理由がある。同社は関東財務局に「アーノルド・アンド・エス・ブレイクロウダー」という社名で日本株の大量保有報告書を提出しているが、この社名は代理人の弁護士が不適切なカタカナで表記した誤ったものらしい。
同社関係者によると、英語の発音を正確にカタカナに直せば、「アンホールド・アンド・エス・ブライシュローダー」というのが正しい社名だという。
さて、回り道が長くなったが、エベヤール氏と今の日本株へのかかわりについて――。
10月の来日時、同氏はこう語ったという。「金融危機に加えて企業収益の今後の減少が予想される現在の世界の投資環境は極めて厳しい。
先進主要国の株価はおよそ25%調整したが、それまで5年間の強気相場の後の調整としては不十分で、各国の株式が割安だとは思わない。
だが我々はある国でほぼ唯一と言える有望な投資機会を見つけた。それが日本だ」
「ファースト・イーグル・グローバル・ファンド」の年次報告書によると、昨年10月末時点で運用資産全体に占める日本株の組み入れ比率は15.24%。
この時点でも国際分散投資の平均と比べれば日本株の組み入れ比率はかなり高いほうだが、米国株(25.88%)や欧州株(19.98%)よりも少なかった。
そして11月末。運用資産の投資先は円グラフの通りで、日本株の組み入れ比率は実に23.92%。ついに米国株(21.96%)を追い抜き、同ファンドの投資対象国として日本は最大となった。
昨年10月末に同ファンドは現金を全体の18.21%も積み上げていたが、そのキャッシュを使って過去1年で大幅に日本株を買い増したわけだ。
開示された同ファンドの組み入れ上位10銘柄には、1位に金、2位にバリュー投資家らしくバフェット氏率いるバークシャー・ハザウェイが来るが、3位には突如、日本のセコムが顔を出す。
そして4位にSMC、6位にファナック、10位にアステラス製薬と、1位の金を除外すれば、同ファンドの組み入れ上位10銘柄のうち半分が日本株ということになる。
組み入れ上位銘柄には大型株しか出てこないが、同ファンドは日本の中小型株にも積極的に投資しており、その多くは「アーノルド社」の名前で提出された大量保有報告書で確認できる。
保有比率の高い銘柄をざっと挙げると、ミスミグループ本社(証券コード9962、直近の保有比率は22.1%)、長谷川香料(4958、21.8%)、長府製作所(5946、16.9%)、メイテック(9744、16.6%)、日東工器(6151、14.4%)、シマノ(7309、13.8%)などだ。
エベヤール氏は、来年3月での引退を表明している。2人の後継者が決まっており、そのうちの1人であるアベイ・デシュパンデ氏は先月下旬、米バロンズ誌のインタビューに答えてこう話した。
「我々は日本株についてなぜこんなに安いのか徹底的に分析した。分かったのは、我々のようなバリューハンターにとって、日本市場は天国ということだ」
日本株の表面上の割安さに釣られて手を出し、大やけどを負って撤退する経験の浅い外国人投資家と、エベヤール氏を一緒にしてはいけないだろう。
同氏は30年の経験の中で日本株をずっと見続けており、バブル末期直前の88年に日本株投資からいったん撤退。その後、96年まで日本株への投資を基本的に控えている。
そして今回の歴史的な日本株買い――。
「伝説のバリュー投資家」の眼鏡にかなった日本株の来年は、そう暗くはないかもしれない
2008年12月27日
伝説のバリュー投資家、日本株を買う―日経ヴェリタス
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